世界中の高級リゾートホテルを無料で利用できる、秘密の方法を見る。

地元に愛された城・若松城の見どころを紹介

国内旅行編

地元に愛された城・若松城の見どころを紹介
  • Dreamers!でお小遣い稼ごう 今すぐ無料登録
  • 藤沢涼×高嶋美里!普通の人が1億円作る為の設計図 無料プレゼント!
旅行が仕事!!世界中を無料で旅しながら収入がどんどん増えていく 2018年日本上陸

福島県会津若松市の中心部には、若松城(わかまつじょう)と呼ばれ、地元から愛されている城があります。
通称、鶴ヶ城(つるがじょう)。
高くそびえる天守閣は、会津若松市内の中心部に位置するため、道路からも良く見え、会津の人々の日常生活に溶け込み親しまれています。

難攻不落と名高い若松城

今は、まるで何事もなかったかのように凛とした品格を持って佇む若松城ですが、戊辰戦争当時は多くの死者を出しました。会津軍が降伏し若松城を開城することになった、新政府軍からの攻撃、アームストロング砲による繰り返される砲弾は、城にいた子供・女性・老人を含む千人もの死者を出しています。

最新式の武器を持っていた新政府軍にこそ負けましたが、若松城は度重なる砲撃があったのも関わらず、最後まで倒壊することはありませんでした。

また、戊辰戦争当時、当初、新政府軍は、若松城へ一気に攻め入り陥落させる策を考えていました。
しかし、実際、若松城へ攻め込もうとしても、若松城の20メートルにも及ぶ石垣や広大な堀などにより、全く攻め入ることができず、籠城戦へと流れていきました。

会津藩は石高23万石を誇る、日本有数の藩です。
若松城は、まさにその名にふさわしい難攻不落の城だといえます。

若松城のみどころとは!?

若松城のみどころを紹介します。

鐘撞堂(かねつきどう)

時守を置いて、昼と夜の時刻を城下に知らせていました。
戊辰戦争の際は、ここに新政府軍の砲火が集中し、時守が相次いで倒れましたが、開城の間際まで正確に時を知らせ、味方の士気を上げました。

鐘撞堂です。

武者走り

若松城の大手門である太鼓門の脇にあり、大手門の渡り櫓(やぐら)へ簡単に上り下りが出来るように造られました。
一般的に、石垣に向かって石段を積み上げる技法はよく見られますが、この武者走りは、石垣と平行して石段を積み上げることで、専有面積を小さくしています。
Ⅴ字型に造られた石段が特徴です。

太鼓門(たいこもん)

本丸の入り口にあり、大手門にあたります。
石垣の上に多門櫓(たもんやぐら)が立ち、中に巨大な太鼓が納められていたことから、太鼓門と呼ばれています。
太鼓は藩主登場や緊急の連絡の際に鳴らされていました。

表門・鉄門(くろがねもん)

北向きの多門櫓城門(たもんやぐらじょうもん)です。
多門櫓城門とは、兵士の宿舎となる掘立柱長屋を櫓(やぐら)としても使えるようにしたものです。
扉や柱が鉄で包まれており鉄門と呼ばれています。
門の石垣は、「切込ハギ」と呼ばれる積み方です。

表門・鉄門です。

天守閣の石垣(野面積み)、赤瓦の屋根

天守閣の石垣は野面積み(のづらづみ)と呼ばれる技法で造られています。
若松城で一番古い石垣が、この天守閣にある野面積みの石垣です。
約400年前、会津盆地を震源とする、震度6以上の大地震の際、天守閣は傾きましたが、この石垣だけは持ちこたえたそうです。

また、天守閣の屋根は赤瓦になっています。
昭和40年に若松城を復元した際は黒瓦でしたが、2011年、明治時代に解体されるまでの屋根と同じ赤瓦の屋根に復元しました。
冬の凍害に弱い黒瓦と違い、赤瓦は会津の厳しい冬の寒さに持ちこたえることができる瓦です。

天守閣です。

桝形

約370年前に整備された石垣です。
大手門として石垣に囲まれ(桝形)、敵を三方から攻撃できる利点があります。

横矢掛り(よこやがかり)

横矢掛りとは、城を守る際、敵がどこにいるのか分かるように石垣の側面の形を単純な四角形ではなく、出っ張らせる等して複雑化した形の石垣をいいます。

こうすることで、城に進行してくる敵を真正面だけでなく、横からも攻撃することができます。
さらに、敵がどこにいるのか、いろんな角度で確認できるので、死角をなくすことができます。

扇の勾配(こうばい)

表門を守り、帯廓から本丸への敵の侵入を防ぐ要となっていました。
20メートルを超える高さの美しい扇の勾配です。
上に登るほど、石垣が反り返って登り切れない工夫がなされ、「忍者落とし」とも呼ばれています。

廊下橋

蒲生氏が統治していた頃は、この廊下橋のある方が若松城の正面入り口でした。(加藤時代から裏口の扱いとなる)
元々、この廊下橋の上に屋根がついていましたが、加藤時代に廊下を壊して橋だけにしたようです。

茶室麟閣(りんかく)・福島県重要文化財

若松城の敷地内にある茶室で、千利休の子・少庵が建てたと言われています。
今も、定期的にお茶会が開かれています。
入園料金・・大人(高校生以上)
・1~29名の場合200円
・30~99名の場合180円
・100名以上の場合160円

お茶会などが今でも開かれています。

荒城の月碑

日本の名曲「荒城の月」は、土井晩翠作詞・滝廉太郎作曲による歌曲です。
1946年(昭和21年)に会津高等女学校で、作詞をした土井晩翠が講演した際、この歌曲のモデルは若松城であったと明かしています。

若松城は、何度、足を運んでも飽きない城の迫力があります。
石垣も綺麗に残っており、当時の様子を伺う事が出来ます。
ぜひ、足を運んでみて下さい。

憧れだったあのセレブ旅行こんなに安く楽しめるなんて!最安値保障!
1
  • 憧れだったあのセレブ旅行こんなに安く楽しめるなんて!最安値保障!
  • 世界中の高級リゾートホテルを無料で利用できる、秘密の方法を見る。
世界中の高級リゾートホテルを無料で利用できる、秘密の方法を見る。

関連記事

ピックアップ!

ピックアップ!

藤沢涼×高嶋美里!普通の人が1億円作る為の設計図 無料プレゼント!

月別アーカイブ

キュレーションサイトが無料で作れる!今すぐDreamersを始めよう