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武士らしい最期を遂げた幼い少年兵・白虎隊ゆかりの土地を訪ねた

国内旅行編

武士らしい最期を遂げた幼い少年兵・白虎隊ゆかりの土地を訪ねた
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会津若松市の北東に位置する飯盛山(いいもりやま)は、白虎隊(びゃっこたい)が自刃した場所として有名です。
住宅地や商業施設が立ち並ぶ一角に飯盛山はあります。
戊辰戦争当時の遺跡がそのまま残っており、自刃した白虎隊の当時の状況が目に浮かびます。

白虎隊って何?白虎隊ができるまで

白虎隊とは、16歳から17歳までの会津藩士の子供で構成された部隊です。
戊辰戦争の際、会津藩がこの組織をつくりました。

戊辰戦争の際につくられた、会津藩の精鋭部隊は、年齢別で4隊に分けました。
15歳~18歳で構成された白虎隊に始まり、18歳~35歳の朱雀隊(すざくたい)、36歳~49歳の清龍隊(せいりゅうたい)、50歳以上の玄武隊(げんぶたい)があり、白虎隊は最も若い精部隊でした。

白虎隊は350人ほどいましたが、飯盛山で自刃した部隊はその中の一つの部隊で、士中白虎隊という組織の二番中隊に属する部隊です。

戊辰戦争当時、白虎隊は、本来ならば戦場に出る精鋭部隊ではなく、城中の警護が主な仕事でした。飯盛山で自刃する直前も、白虎隊は藩主松平容保の護衛をしていました。

白虎隊が自刃するまで

戊辰戦争で、新政府軍は母成峠(ぼなりとうげ)を突破し、会津へと侵入を果たすと、急いで十六橋(じゅうろっきょう)へと向かいました。

若松城へと向かうには、必ずこの橋を通らなければ、若松城への侵攻が難しくなってしまうため、新政府軍は、なんとしてもこの橋を渡らなければなりませんでした。
案の定、十六橋にたどり着くと、橋を渡らせたくない会津軍が橋を壊している最中でした。新政府軍は、会津軍に銃火を浴びせて突進し、十六橋は新政府軍の手に落ちてしまいました。

しかし、若松城への新政府軍の侵入は決して許してはいけません。十六橋の南岸である戸ノ口原にて両者の戦いが始まりました。

この要所である十六橋が敵の手に落ちたことは、すぐに若松城にも知らせが入り、藩主松平容保は、戸ノ口原の戦いを激励しようと出馬します。

このとき、松平容保の護衛をしていたのが、あの飯盛山で自刃した白虎隊でした。

松平容保が戸ノ口原に向かう途中、会津軍の苦戦が伝えられ、護衛をしていた白虎隊もその戦いに参加するになりました。

しかし、白虎隊は戸ノ口原の戦いに敗れ、一度、若松城へ戻ろうと、命からがら若松城を目指し、逃げてきました。
その若松城へと戻る途中に通ったのが、飯盛山の中腹にある戸ノ口堰洞穴です。

戸ノ口堰洞穴は、猪苗代湖から会津若松市に工業・農業用の水を引くために作られた、長さ150メートルの用水トンネルです。現在もこの戸ノ口堰の洞穴を通して工業・農業用の水として使われていますが、当時ももちろん同じ用途で使われていたので、写真のように(下に掲載)水がある中を白虎隊は潜ってきたと思われます。

その後、白虎隊は若松城や城下の様子を探ろうと、飯盛山の中腹へと登りますが、一人生き残った白虎隊の飯沼貞吉の手記によると、炎に包まれている城下を見て、今後の白虎隊のやるべきことは何か、激論を交わしたとあります。
「城はおちていない」「戻って戦うべきだ」など、仲間同士で激論を交わし、最終的に出た答えが、武士の本文をあきらかにするために自刃するという選択でした。

今までの通説では、炎に包まれた城下を、若松城が燃えていると錯覚し、衝動的に藩主の後を追うために自刃したと言われていましたが、生き残った飯沼貞吉の手記の発見により、決してそうではなかったことが分かります。

飯盛山のみどころ

白虎隊記念館

福島県会津若松市一箕町大字八幡弁天下33
電話0242(24)9170
料金・・大人400円・高校生300円・中小生200円

白虎隊を始め、会津藩主・松平容保や松平照、西郷頼母など、会津藩関係の史料を展示しています。
飯盛山に登るロープウェイの隣にあります。

白虎隊記念館です。

戸ノ口堰洞穴

戊辰戦争の際、白虎隊が新政府軍との戦いに敗れ、若松城へと戻る途中、この洞穴を通り飯盛山へと向かいました。

戸ノ口堰洞穴です。

白虎隊の十九士の墓

ここには、飯盛山で自刃した白虎隊の他に、戊辰戦争で亡くなった白虎隊の仲間も弔われています。

白虎隊の十九士の墓です。

飯沼貞雄の墓

自刃した白虎隊の中で、唯一、生き残った白虎隊士です。
本名は、飯沼貞吉ですが、後に飯沼貞雄と名を改めているため、墓には飯沼貞雄の名が刻まれています。

飯沼貞雄の墓がここに建立されたのは、貞雄がなくなってから27年後のことです。
それまでは、一人生き残った者として、同じ白虎隊の仲間が眠る墓に入れることを拒まれていました。しかし、白虎隊がなくなって90年の時を経て、ようやく白虎隊十九士の墓の近くに、墓を建立することを許されました。

飯沼貞雄の墓です。

自刃の跡地

会津若松市内が一望できるこの地で、まだ幼い少年兵たちが会津藩の武士らしい最期を遂げました。

自刃の跡地です。

さざえ堂・国指定重要文化財

さざえ堂の見どころは、なんといっても「二重らせん」です。
内部は、参拝者が上り下りするためのらせんのスロープがありますが、上る人と下りる人が遭遇しない造りになっています。
お堂の中には、三十三観音像が祀られています。

拝観料・・大人400円・大学生高校生300円・小中学生200円

さざえ堂です。

飯盛山に入ると、山道の両脇には土産屋が広がり、そこを少し通っていくと、山を登るスロープコンベア(登りのみ)があります。比較的、楽に山に登ることができます。
スロープコンベアを使わずに隣にある階段を使うこともできます。

スロープコンベア利用料金・・大人250円・子供150円

飯盛山の自刃した場所から、当時、白虎隊士が見たであろう景色と同じように、若松城を見ることができます。
白虎隊士は、炎に包まれた城下町を一望し、どのような気持ちでこの地で果てていったのでしょうか。

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